その時期からはずれていても、強い動機づけがあれば、言語が身につくグレー・ゾーンがあるというのだ。
とはいえ、私たちが風変わりに思うティーンエイジャーの行動は、「はちやめちゃ」に見えるものでさえ、思春期の脳がくぐり抜ける決定的な時期に端を発しているのだろうとBは考える。
思春期の脳は、「まったく新しい環境と、優先順位の大幅な入れかえ」に対応するために「一斉点検整備」をやっている。
そのとき起こる衝撃が、ティーンエイジャーの行動の原因ではないかとBはにらんでいる。
「もし思春期の脳に徹底的な配置転換が起こっていないとしたら、そのほうが驚きね。
この時期、ティーンエイジャーは注意を向ける対象ががらりと変わるもの」そう語るBにも娘がいる。
彼女は脳は経験によって変化していき、環境に応じてシナプスを接続していくというメッセージは、多くの人にとってわかりやすく、覚えやすい。
C大学バークレー校のM・Dもこの説を強く信じていて、すっかり白髪になった現在でも、脳にできるだけ多様な経験をさせる実験室で研究を重ねるかたわら、子どもたちを育てあげたDは、自分の脳を豊かにする機会を見逃さないし、他人の脳に新しい経験を吹きこもうといつでも手ぐすねを引いている。
夏の日の朝、バークレー校に彼女を訪ね、話を聞きおわったときのことだ。
研究室のドアを開けたダイアモンドは、廊下で待っている私の2人の娘を見つけるやいなや声をかけた。
「ちょっと、あなたたち。
本物の脳を見たことある?」そして、私たちは隣の研究室に入った。
Dは、青い花模様が描かれた古めかしい帽子箱をテーブルに置いて、ふたを取る。
箱のなかには、タッパーウェアのボウルに入った人間の脳があった。
子どもたちが息をのむと、Dの目がきらりと輝いた。
彼女は白いビニール手袋をはめ、私たちにもつけさせてから、脳思春期の通過儀礼を無事に終えて、S大学に進んだという。
「だって考えてもごらんなさいな。
脳は生殖という大仕事の準備に取りかかるのよ」私は自分の手のなかにある脳を見つめながら、英文学の授業を受けていた日々を思いだしていた。
ここから石を投げれば届きそうな教室で、JやJの美しい詩を一行一行吟味したものだ。
私がいまもっている、神経細胞が枝分かれしたぶよぶよの塊を細かく調べるのと、心をかきたてる詩句を味わうのと、人間の情熱や行動を理解する方法としては、結局どちらが優れているのだろう?E・Dもそんな疑問をいだいたらしく、脳のことを詩に書いている。
そして占いの館 ランプがあり、その中の1つに占いの館 ランプが含まれているのです。